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固体触媒を用いたフロー型カップリング反応システム - 理化学研究所

2023年5月22日

理化学研究所
帝京科学大学

-効率的な鈴木−宮浦クロスカップリング反応を実現-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チームの山田 陽一 チームリーダー、帝京科学大学 生命環境学部 生命科学科の髙谷 光 教授らの共同研究チームは、新しい高分子パラジウム触媒[1]をフローカラムカートリッジに充填した固定化触媒[2]を用いた、鈴木-宮浦クロスカップリング反応[3]用の効率的なフロー反応[4]システムを開発しました。

本研究成果は、医薬品や機能性分子の合成に向けたフロー型の有機合成プロセスへ適用されるものと期待できます。

これまでの実験室や工業規模における実用的なフロー型の鈴木-宮浦クロスカップリング反応システムには、触媒の失活やカラムの目詰まりといった問題がありました。

今回、共同研究チームは、独自の高分子金属触媒調製法である分子もつれ法[5]により不溶性で高活性な高分子パラジウム触媒を新たに作製し、さらに、フローカラム用充填剤として高分子補助樹脂を開発しました。高分子パラジウム触媒、高分子補助樹脂、海砂の混合物をフローカラムカートリッジに充填し、反応原料を流して鈴木-宮浦クロスカップリング反応を起こさせたところ、対応する生成物が長時間運転でも安定的に高収率で得られました。また、このフロー反応システムでは、有機溶媒を用いず水のみを溶媒とした場合でも反応が進行するため、医薬品合成に適用できることを確認しました。

本研究は、科学雑誌『Chemistry - A European Journal』オンライン版(5月19日付)に掲載されました。

背景

有機化合物の骨格に相当する炭素ー炭素結合の形成は、化学合成の基本的な過程の一つです。これまでにさまざまな手法が開発されましたが、中でも、有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物をパラジウム触媒で反応させ、炭素ー炭素結合を介して連結する「鈴木-宮浦クロスカップリング反応」は、その高い信頼性から優れた手法の一つとされています(図1)。この反応は医薬品、天然物、機能性分子の開発に活用されており、その有用性が高く評価され、2010年のノーベル化学賞の受賞対象となりました。

鈴木−宮浦クロスカップリング反応の図

図1 鈴木−宮浦クロスカップリング反応

パラジウム触媒を用いて、有機ハロゲン化合物のハロゲン化アリールと有機ホウ素化合物のアリールボロン酸からカップリング生成物を得る。赤と青のベンゼン環の構造が異なるため、クロスカップリングと呼ばれる。

有機化合物を合成する際、近年、従来のフラスコや反応釜[6]などのバッチ反応器から「連続フロー反応システム」、特に不均一系触媒[7](固体触媒)を充填したフロー反応システムに切り替えることが、高速混合・比表面積の増大化による反応効率の上昇や、容易な温度管理、滞留時間制御による安全性および環境適合性の向上に有効であると考えられています。理想的な連続フロー反応システムでは、目的の生成物を出口から連続的に回収できるため、不溶性の高価な不均一系金属触媒を生成物から完全に分離し、生成物への金属汚染を抑制することが可能となります。

しかし、実験室や工業規模における不均一系触媒を用いた実用的なフロー型の鈴木-宮浦クロスカップリング反応は発展途上にあります。というのは、触媒の高活性化がそもそも難しい上に、触媒金属の流出・凝集などによる触媒の失活を抑制する必要があるからです。さらに、フロー反応システムの目詰まりはよくある厄介な問題であり、均質なシステムの開発が求められています。

本研究では、鈴木-宮浦クロスカップリング反応に適用できる、固定化触媒を用いた高活性・高安定性・高堅牢性の不均一系フロー反応システムの開発に挑戦しました。

研究手法と成果

共同研究チームは、固定化触媒を用いた鈴木-宮浦クロスカップリングのフロー反応システムの開発のためには、少なくとも次の二つの課題を化学的に解決する必要があると考えました。

  • (1)高い収率で生成物を得るために、高活性かつ高耐久性のパラジウム固定化触媒を開発
  • (2)連続的かつ安定的に長時間生成物を得るために、フローカラムカートリッジ内の充填物(触媒や充填剤など)が目詰まりを起こさず、かつ充填剤が触媒を安定化する仕掛け

この(1)と(2)を同時に解決するためには、高分子パラジウムの高分子部位を精密に調整する必要があると考えました。独自の高分子金属触媒調製法(分子もつれ法)を用いて検討した結果、かさ高い高分子が有効であることを見いだしました。そこで、4-ビニルピリジンと4-t-ブチルスチレンとの共重合[8]高分子を合成し、高分子パラジウム触媒を作製しました。ところが、それだけでは不十分でした。この高分子パラジウム触媒と安価な充填剤である海砂との混合物を充填したフロー反応システムでは、始めは高い収率で生成物が得られたものの、数時間の連続運転で生成物の収率が低下してしまいました。

この触媒活性は十分だが安定性が不十分という問題を解決するためには、高分子パラジウムを安定化させる安定化剤が必要と考えました。さまざまな検討を重ねた結果、高分子パラジウムと比重が近く、かつ似たような高分子構造を持つ樹脂が効果的であることを見いだしました。そこで、不溶性の4-t-ブチルスチレン高分子を合成し、これを「高分子補助樹脂」と呼ぶことにしました。

この高分子補助樹脂、海砂、高分子パラジウム触媒の三つをフローカラムカートリッジに充填して、反応溶媒として有機溶媒のテトラヒドロフランとエタノールの混合水溶液を用い、反応原料に鈴木-宮浦クロスカップリング反応を起こさせたところ、触媒活性の低下は見られず、対応する生成物を安定的かつ90%以上の収率で得ることに成功しました(図2)。また、この反応システムを用いて、液晶や有機EL材料などの機能性分子を安定的に合成できることを確認しました。

さらに、有機溶媒を用いず水のみを反応溶媒とした場合でも反応が進行することが分かりました(図2)。触媒の高分子の共重合比[8]を調整した結果、水溶性の医薬品原料を反応基質としたフロー型鈴木-宮浦クロスカップリング反応が効率的に進行し、生成物である医薬品(非ステロイド性抗炎症薬であるフェンブフェンやフェルビナク)が得られました。さらに、フェンブフェン合成においては、1日8時間連続運転した後、夜間は停止、再び翌日8時間連続運転という断続運転を行っても対応する医薬品生成物が効率的に得られることも分かりました。また、生成物内のパラジウムの混入も1ppm(100万分の1、0.0001%)未満であることも確認しました。

本研究で開発した鈴木−宮浦クロスカップリング反応用のフロー反応システムの図

図2 本研究で開発した鈴木−宮浦クロスカップリング反応用のフロー反応システム

高分子パラジウム触媒、高分子補助樹脂、ならびに海砂が充填されたフローカラムカートリッジを用いて、基質である臭化アリール(赤線の構造式)、アリールボロン酸(青線の構造式)、塩基としてリン酸カリウムを溶解させた有機溶媒混合水溶液、もしくは水のみを連続的にフローカラムカートリッジに導入し、その出口から連続的に生成物を得る。

今後の期待

鈴木-宮浦クロスカップリング反応は、医薬品合成において基幹5反応系と呼ばれるほど多用される重要反応の一つです。2011年にアメリカ食品医薬品局(FDA)が医薬品合成は今後25年でバッチ法(反応釜での反応)から連続フロー反応システムへ置き換わるべきだと提言しているように、鈴木-宮浦クロスカップリング反応のフローシステム化は急務です。

本システムの固定化触媒を用いれば、生成物へのパラジウムの混入が抑制できることから、安全性の担保、高価なパラジウムの省資源化に貢献すると期待できます。今後、化学・製薬メーカーとの協同により、実践的なプロセスへとつなげられることを強く希望しています。

補足説明

  • 1.高分子パラジウム触媒
    高分子配位子とパラジウム塩が結合した触媒のこと。
  • 2.固定化触媒
    触媒反応部位が不溶性の担体に固定化された触媒のこと。ここでは、可溶性の高分子配位子と可溶性のパラジウム触媒を反応させ、不溶性の高分子パラジウム触媒を生成し、これを固定化触媒として用いている。
  • 3.鈴木-宮浦クロスカップリング反応
    異なった有機化合物の炭素と炭素同士を、金属触媒などを用いて結合させる反応を、クロスカップリングと呼ぶ。中でも、有機ホウ素化合物を用いるものは鈴木-宮浦クロスカップリングと呼ばれる。本反応の開発者である北海道大学の鈴木章名誉教授はこの業績を評価され、2010年にノーベル化学賞が授与された。
  • 4.フロー反応
    フロー反応は、流路に基質を流すことで行う化学反応のこと。反応収率の向上、副生成物の低減、反応条件の温和化、簡便な操作性、連続的に生成物が得られるなど、フロー効果と呼ばれるメリットがある。
  • 5.分子もつれ法
    山田チームリーダーが独自に考案した、高活性かつ高再利用性を有する高分子金属触媒調製法。高分子配位子を溶かした溶液と金属塩(もしくは金属錯体)を溶かした溶液を混合すると、金属部位が高分子配位子を架橋することで分子の自由度がなくなり、多孔質の不溶性の触媒が生成する。洗濯のりの水溶液とホウ砂の水溶液を混ぜるとスライムができる生成機構に似ている。
  • 6.反応釜
    化学物質の合成過程において、化学反応を行わせる装置の一つ。小スケールの反応はフラスコで行うが、大スケールになるとステンレスの釜で反応を行う。
  • 7.不均一系触媒
    反応物(原料)とは異なる相の触媒のことを不均一系触媒という。通常、有機合成では反応物は液相あるいは気相に存在するため、固相にある固体触媒のことを不均一系触媒と呼ぶ。一般的には、反応物が不均一系触媒の表面に接近したとき触媒反応が起こる。
  • 8.共重合、共重合比
    2種以上の単量体(モノマー)が重合して重合体(ポリマー)を生成する反応。2種類以上の単量体の比を共重合比と呼ぶ。

共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 山田 陽一(ヤマダ・ヨウイチ)
研究員 張 振中(ジャン・ジェンジョン)
テクニカルスタッフⅠ 大野 綾(オオノ・アヤ)

帝京科学大学 生命環境学部 生命科学科
教授 髙谷 光(タカヤ・ヒカル)

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)創薬基盤推進研究事業「固定化触媒担持フロー合成システムによる医薬品合成(研究代表者:山田陽一)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「デジタル化による高度精密有機合成の新展開(研究代表者:山田陽一)」などによる助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Zhenzhong Zhang, Aya Ohno, Hikaru Takaya, Yoichi M. A. Yamada*, "Continuous-flow Suzuki-Miyaura coupling in water and organic solvents promoted by blends of stabilized convoluted polymeric palladium catalysts and polymeric auxiliary materials", Chemistry -A European Journal, 10.1002/chem.202300494

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 山田 陽一(ヤマダ・ヨウイチ)

山田 陽一 チームリーダー、張 振中 研究員、大野 綾 テクニカルスタッフⅠの写真 左より、山田、張、大野

帝京科学大学 生命環境学部 生命科学科
教授 髙谷 光(タカヤ・ヒカル)

髙谷 光 教授の写真 髙谷

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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