※冒頭写真は公開された全個体電池の試作品。
10分で1200kmの電気自動車が出るなら、待つか?
2023年6月、トヨタ自動車が「クルマの未来を変えていこう」をテーマにした技術説明会「Toyota Technical Workshop」を開催し、電動化などに関する新技術を一挙に公開しました。
13日には日本経済新聞が「トヨタ、27年にも全固体電池EV投入 充電10分1200キロ」と題した記事を報じるなど、やや眉唾で「え、そこですか?」という報道が気になっていました。
そもそも、トヨタの発表内容のどこを見ても「充電10分で1200km」といった明記はありません。この見出しのロジックは、次のような発表をもとにした推察と思われます。
●2026年に導入される次世代BEVではパフォーマンス版の次世代電池によって航続距離1000kmを実現。
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●全固体電池開発については「課題であった電池の耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを発見」。
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●現在量産に向けた工法を開発中で、2027-2028 年の実用化にチャレンジ。
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●新開発の全固体電池はパフォーマンス版の次世代電池と比べて航続距離20%向上、急速充電は10分以下(SOC=10〜80%)を目指す。
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●さらに一段レベルアップした仕様も同時に研究開発中。パフォーマンス版の次世代電池と比べて航続距離50%向上を目指す。
この説明を要約すると……。
●急速充電は10分以下。
●航続距離は1000kmの50%増。10分間でSOC80%までの充電でも1200km程度は走れる!
と解釈できたということだと思われます。まあ、誤報ではないですが、大新聞がこういう記事を出すと「10分の充電で1200km走れる電気自動車が出るなら、やっぱりそれまで待つことにしよう」と勘違いしてしまう潜在的なEVユーザーさんが多発するのではないかと心配です。
「電池の耐久性を克服する技術的ブレイクスルー」などの詳細がわからないですし、夢のある発表に水を差すのは不粋ですが、「充電10分で1200km」について感じる疑問というか懸念点を挙げておきます。
●もし、実用化できたとしても当面は高価。
全固体電池の製造コストについて、「(現行リチウムイオン電池の)おおむね5倍から30倍」という説明もあったようです。もし、無事にトヨタがBEVへの全固体電池実用化を実現できたとしても、当面(LiBの進化と照らし合わせて楽観的に予測しても10〜20年くらいでしょうか)は、リチウムイオン電池の数倍はコストが掛かる高価なパーツになるであろうということです。レクサスの超高級車に搭載されることがあったとしても、われわれ庶民が新車で購入できるような車種には使えないと予想できます。
●10分で1200km分を充電するということは……。
電費が6km/kWhとして、1200km走るためには200kWhの電力が必要です。10分で200kWhということは、充電器の出力はなんと1200kWの超高出力充電器で、しかもフル出力を受け入れ続けなければいけません。でも、チャデモ協議会が次世代規格として中国と共同開発しているCHAdeMO 3.0(チャオジ)ですら、最大出力は900kW(600A×1500V)しかありません。では、乗用車用の公共充電インフラとして、1200kWを超えるような超高出力規格が必要かと考えれば、答えはノーとなる(常識として理解できると思うので細かく説明しませんが)でしょう。つまり、「充電10分で1200km」はそもそも非現実的な数値です。あと、200kWhも電池を積んだEVって、私はどんなにお金持ちだったとしても買わないです。
いずれにしても、今回のワークショップを受けて日経をはじめとする新聞各紙など大手メディアには「充電10分」で「航続距離1000km」とか「1200km」といった見出しが躍りました。
このワークショップの直後にはトヨタの株主総会があったので、個人的には「株主総会対策かな」と思っていたし、実際に全固体電池実用化メドの発表によってトヨタの株価も上がったようですが。こういう報道が先走ってしまうことで、トヨタの発表が結果的に「BEVを買うのは時期尚早」という勘違いを広めてしまうのではないかと懸念しています。
2026年には150万台のBEVを販売する! という決意
残念ながらEVsmartブログ編集部はワークショップに呼んでいただけなかったのですが、そんなこんなEVへの誤解がまたぞろ広がりそうな懸念を感じていたので、トヨタの広報ご担当者に今回の発表内容について質問する機会をいただきました。
発表された内容の詳細についてはトヨタイムズで『電池や水素で次世代技術 トヨタが示したクルマの未来』という特集が公開されているので、そちらを参照いただくとして……。
いろいろと話を聞いてわかったポイントを、2つに絞ってピックアップしておきます。結論としては「トヨタは全固体電池搭載ではない魅力的なEVのラインアップ拡大にも本気である」ということです。
具体的に、ワークショップで紹介された2つの図版に注目します。
ひとつ目は「グローバルフルラインナップ一括企画」と題された、2026年に150万台、2030年に350万台とするBEVの販売台数目標を示した図版です。
5車種のシルエットそれぞれに示されている台数を合計すると168万台でちょっと計算が合わない(確認し忘れましたが、シルエットの5車種は2030年までにBEVファクトリーが開発して市場投入する「170万台」の内訳想定だと思います)ですが、2026年、つまり今から3年後にはグローバルで150万台のBEVを販売することを明言していることが重要です。
トヨタでは電気自動車開発を加速するため、新たに「BEVファクトリー」という組織を立ち上げて新型BEVの開発に臨みます。とはいえ、BEVファクトリーによる新型車が市場に投入されるのは2026年がメドということなので、「2026年に150万台」の大部分は、既存車種をEVに仕上げたモデル、もしくはICE用プラットフォームをベースにEV専用開発されたbZ4Xのような車種を想定していることになります。
つまり、トヨタとしても「BEVは全固体電池実用化を待って本格化」と考えているわけではなく、従来の液式のリチウムイオンバッテリーを搭載した車種もどんどん開発&販売していく覚悟であるということです。
ふたつ目に注目したいのは「BEVの選択肢をご提供」と題して、次世代電池の開発構想を示した図版です。
普及版から順に、3つのグレードの次世代バッテリーのプランが示されています。
①普及版次世代電池(バイポーラ型LFP)
コストパフォーマンスに優れたLFP(リン酸鉄)で、ハイブリッド車のアクアやクラウンに搭載してきたバイポーラ構造の電池をBEVに適用。現行bZ4X比で航続距離は20%向上、コスト40%減、急速充電30 分以下(SOC=10-80%)を目指し、2026〜2027年には普及価格帯のBEVへの搭載を目指す。
②次世代電池(パフォーマンス版)
従来型リチウムイオン電池(三元系、角形)のエネルギー密度を高め、2026年に導入される次世代BEV では、航続距離1000km実現を目指して開発中。コストは現行bZ4X比で20%減、急速充電20分以下(SOC=10-80%)を目指す。
③バイポーラ型リチウムイオン電池(ハイパフォーマンス版)
普及版電池の開発と並行し、バイポーラ構造にハイニッケル正極を組み合わせ、さらなる進化を実現するハイパフォーマンスの電池も、2027〜2028 年の実用化にチャレンジ。②のパフォーマンス版角形電池と比べても航続距離10%向上、コスト10%減、急速充電20分以下(SOC=10-80%)を達成する圧倒的性能の実現を目指す。
航続距離などの性能向上はともあれ、この図でとくに注目したいのが「トヨタはちゃんと普及版BEVを考えてくれている」ということだと思います。
世界のEV競争を見渡すと、すでに高級車ラインナップはかなり出揃った感があり、いよいよ大衆車バトルが始まろうとしています。そもそも、高性能な小型車はトヨタの屋台骨や世界進出を支えてきたプロダクトだと思います。時期的には「2026~2027年」を想定とのことですが、できるだけ早く、トヨタから魅力的でコストパフォーマンスに優れた普及版電気自動車が登場することに期待したいところです。
「車種」の姿がまだ見えないのがじれったいけど……
とはいえ、前出の「グローバルフルラインナップ」の図に示された車種もシルエットのみ。確認すると「開発はすでに進んでいる」そうですが、どんな電気自動車が登場するのか、まだ具体的にわからないのがユーザーとしてはじれったいところです。
また、最も期待したい「普及価格帯のBEV」は搭載するバッテリー容量も少なめになるべきだし、そうすると一充電航続距離は当然少なくなります。だとすると、こうした発表の場でも「1000km」とかの長大な航続距離を強調するばかりではなく、「航続距離が200〜300kmでもBEVはこんな風に活用できる」とか、「そのための充電インフラはこれだ!」といった、モビリティのEVシフト全体をトヨタがリードするような情報発信をしてくれると、日本社会の雰囲気がまたひとつ変わっていくのではないかと思います。
いずれにしても、実際に発売(もちろん日本でも)される車種の具体像が見えないことには、なんとも評することができません。天下のトヨタの、さらに踏み込んだ発表を待ちたいと思います。
文/寄本 好則
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